理化学研究所などの研究グループによれば,ごく少数の非常に強いシナプス(巨大スパイン)が統合失調症の責任病態生理である可能性を発見したとのことです。
統合失調症や自閉症スペクトラム障害の原因となる病態生理はまだ解明されておらず,この二つはいくつかの臨床症状が共通しており、どちらにも何らかのシナプス機能の変調が関係していると考えられてきました。最先端のゲノム研究によってこれら二つの症状の責任因子として共通の遺伝子多型が数多く報告されており,これらの遺伝子から作られるタンパク質は大脳皮質の興奮性シナプスに多いことが知られています。
シナプスは神経細胞と神経細胞の間の連結部のことを指し,情報を発信するシナプス前部から分泌された神経伝達物質が,受け手の細胞にあるシナプス後部の受容体に結合すると,小さな電流がシナプス後部に伝わります。
脳の神経回路がシナプスを介してどのように連結しているかを可視化することは,シナプスが形成されるスパイン(樹状突起スパイン)という構造物に着目することで可能となります。スパインの大きさとそのシナプスに流れるAMPA受容体の電流には正の相関があるため,スパインの大きさを検証することで神経回路ネットワークがどのくらいの強さのシナプスで構成されているか分かるからです。
今回、国際共同研究グループは統合失調症モデルマウスを作製し、グルタミン酸シナプス伝達を調べました。その結果、モデルマウスには巨大スパインが多く生成され、この巨大スパインを介したシナプス入力が神経発火を亢進すること、巨大スパインの生成を抑制すると作業記憶の低下が予防できること見いだしました。さらに、ヒトの統合失調症患者由来の死後脳においても、巨大スパインが健常人よりも有意に多いことが見いだされました。一つの神経細胞には約1万個ものシナプスがあり、神経発火には多くのシナプスが同時期に協調的に入力することが重要とされ、この仕組みを”シナプス民主主義”と呼ぶ研究者もいます。しかし統合失調症の一部では、少数の巨大スパインを介した非常に強いシナプス入力だけで神経発火が決定付けられている可能性があります。
本研究では統合失調症モデルマウスのグルタミン酸シナプス機能をシナプスから行動まで多階層に検証することにより,非常に強いシナプス(巨大スパイン)の出現が病態生理を担うことを示しました。これは新しい仮説であり,グルタミン酸シナプスの重要性を示しています。これまでの統合失調症の治療薬はドーパミンやセロトニンといった神経伝達物質の機能を修飾する薬剤であり,グルタミン酸シナプスに作用するものはありません。少なくとも一部の統合失調症群に関しては、新たな治療戦略を開発する必要があると考えられます。
- [プレスリリース] 巨大スパインに基づく統合失調症の病態生理の新仮説 -神経細胞の“シナプス民主主義”の崩壊-(理化学研究所)
- [論文] Distorted neurocomputation by a small number of extra-large spines in psychiatric disorders
今回は統合失調症がメインの研究でしたが,記事中にあるように病態において自閉症との共通点も指摘されていますので,こうした研究成果が自閉症などにも活かされることを期待したいですね。なお,自閉症や(広義の)発達障害とシナプスに関する研究に関してはこれまで多数取り上げていますので,興味のある方は【タグ:シナプス】から記事を辿ってみてください。