昨年のものになりますが,米国のイェール大学が自閉症や大頭症(頭が大きい病気)とFOXG1遺伝子の関連性を発見したという話がありました(記事下部のリンク参照)。
4人の自閉症患者の皮膚細胞からいわゆるiPS細胞を作り,それを脳細胞に誘導してミニチュアの脳(脳オルガノイド)を作り,大脳皮質の初期段階の発達をシミュレートしたということでしょうか。
The team simulated early cerebral cortex development using stem cells generated from skin biopsies of four patients with ASD. They grew the stem cells into three-dimensional simulated miniature human brains (brain organoids).
自閉症の脳細胞と正常な脳細胞を比較すると前者の分裂速度が速く,抑制性ニューロン(inhibitory neurons)とシナプス(神経細胞間をつなぐ部分)がより多く作られていたそうです。また,胎児の脳における神経細胞の初期の成長や発達に重要なFOXG1という遺伝子が10倍増加しており,このFOXG1の程度が自閉症や自閉症児によく見られる大頭症(macrocephaly)の程度に関連していることも分かったそうです。つまりFOXG1が多ければ多いほど自閉症や大頭症も重症度を増すということでしょうか。こうした研究成果からFOXG1は新薬の開発などに役立つとしています。
以前の記事で慶應義塾大学医学部などが小児神経発達障害であるレット症候群患者よりiPS細胞を樹立し,神経発生過程における異常を明らかにしたという話を紹介しましたが(【研究】自閉症の病態解明,新薬開発に期待),レット症候群もFOXG1が関連しているような話を見たことがあるので,似たような研究分野なんでしょうね。
なお,iPS細胞は皮膚細胞から人工的に誘導して作出する分化万能細胞のことで,大雑把に言えば何にでもなる(どんな臓器にも誘導できる)細胞です。もちろん立体的で複雑な組織(例えば神経や血管がたくさんあるなど)を作るのはとても難しいですが,日々様々な研究成果が出ています。
ご存知の通り日本はiPS細胞の研究は世界に先駆けていますので,私がもっとも期待している分野であります。将来的に息子の皮膚から正常な脳細胞を作出して移植,なんてことができる日が来るかもしれません。もちろん頭を開くというのは相当なリスクをともないますから上述のようにiPS細胞を利用した研究によって画期的な治療薬が開発されるほうがより利用しやすいと思います。自閉症や知的障害というのは人によって症状も大きく異なりますので,汎用的な治療薬ではなく,例えば個々人の皮膚細胞を利用したiPS細胞からその人に合った治療薬をカスタマイズできるとか,そういうこともできるようになるとよいですね。
ところで「iPS」の頭文字iだけ小文字なのは学術的な意味がわるわけではなく,当時流行していたApple社の「iPod」を真似したものだそうです(山中氏がどこかで発言か記述しているのを見た記憶があります)。今ならiPhoneやiPadと言ったほうが分かりやすいでしょうか。まぁ,何となく「新しい」イメージはしますよね。
iPS細胞や再生医療に興味を持たれた方は下記に掲載した京都大学のサイトなどからさまざまな情報を得られますので参考にしてみてください。
因みにES細胞は受精卵を使用するので倫理上の大きな問題が生じますし,また自分の皮膚細胞を使用するiPS細胞とは異なり拒否反応も大きな懸念となります。
もっともiPS細胞でも100%拒否反応が起こらないわけではないですし,4種類のガン遺伝子を導入して作られることなどから安全性についても調べられている最中ですので(ガン遺伝子を用いない方法も世界中で研究されています),ヒトに対する医療として大きく寄与していく(日常的なものになっていく)のはもう少し先になると思います。
それでも自閉症や知的障害の「治療」(改善ではなく)という観点からは,やはり現在もっとも期待を寄せている分野に変わりありません。
iPS細胞の研究については政府もかなりの資金を投じていますが,今後は若い研究者の育成にもどんどん力を入れていって欲しいですね。個人的にはそういうところには惜しまずお金を使ってよいと思います。具体的に今どういう制度があるのかは分かりませんが,大学生レベルであれば有力な研究をしている医学部などについて優秀な学生は学費免除にしても良いと思いますよ。とりわけ医学部は学費が高いですし。同級生が何人か医師になっていますが,学費の面はかなり苦労していた人もいました。