【研究】知的障害を引き起こすリン酸化酵素の異常を解明 ―蛍光を使って病気の仕組みに迫る―

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東京大学や名古屋大学の研究グループによれば,脳が正常に働くために適切に活性化することが重要であるCaMKIIα(カムケーツーアルファ)にP212L変異(CaMKIIαタンパク質の212番目のアミノ酸がプロリンからロイシンに変化している変異)があることによって,CaMKIIαが異常に活性化して知的障害を引き起こしていることを明らかにしました。

  • 遺伝子変異によって CaMKIIαが異常に活性化し,知的障害を引き起こすことが分かった。
  • 蛍光を使った測定システムを独自に開発し,知的障害に伴う CaMKIIαの異常活性化を世界で初めて解明した。
  • 知的障害の発症の仕組みの解明や,治療方法の開発が期待される。

脳の機能には神経活動に伴うCa2+の濃度上昇によってCaMKIIαが適切に活性化して,さまざまなタンパク質をリン酸化することでシナプスの特性を変えることが重要です。近年,ゲノム解析によって知的障害や発達障害,精神疾患の患者からさまざまなCaMKIIαの変異が見つかっています。こうした変異によってCaMKIIαの機能が異常になっていることが予想されますが,実際にこれらの変異がCa2+によるCaMKIIαの活性化をどのように変化させるのかを調べた研究はほとんどなく,知的障害を引き起こす仕組みは十分にわかっていませんでした。

今回の研究では,知的障害のある患者に対して全エクソームシークエンス解析を行ない,CaMKIIαの遺伝子にP212L変異を認め,それが両親から受け継いだものではなく患者で新しく獲得されたde novo変異であることを明らかにしました。P212L変異は知的障害から見つかったCaMKIIαの変異の中では最も報告例数の多いものであり,これまでの研究ではタンパク質の安定性やCaMKIIα自身に対するリン酸化,神経細胞の移動に対する影響が調べられましたが,変異のない野生型との違いが認められず,P212L変異によってCaMKIIαの機能がどのように変わるのかは分かっていませんでした。

CaMKIIαの特に重要な特徴である Ca2+/CaM による活性化を定量的に、感度よく、効率的かつ手軽に計測して比較する必要があると考えた。そのために、CaMKIIαの活性化を蛍光で検出できる FRET プローブを使って、細胞から抽出した溶液や生きた神経細胞・シナプスで CaMKIIαの活性化を計測できるシステムを独自に開発した。細胞から抽出した溶液を使った実験から、P212L 変異を持った CaMKIIαは変異のない野生型に比べて Ca2+/CaM 依存的な活性化が亢進していることが明らかになった。次に、神経細胞では、グルタミン酸の光融解刺激に対して、CaMKIIαの応答の大きさが増大し、さらに活性化の上昇は速く、下降は遅くなっており、全体として活性化が異常に亢進していることを世界で初めて明らかにした。また、樹状突起のシナプスの中でも、P212L は活性化応答が大きくなっていた。CaMKIIαは刺激の頻度が高くなるほど活性化が大きくなる頻度依存的な応答を示し、脳の機能に重要であると考えられているが、P212L ではこの頻度と応答の関係が、より低頻度の刺激でも大きな応答を示すようにチューニングされていることを明らかにした。

こうした解析を,これまでに知的障害の患者から見つかっている9つのCaMKIIαのde novo変異にも適応したところ,そのうちの6つでもCaMKIIαの活性化の異常亢進が起きていることが明らかとなりました。こうした異常活性化を抑えることが治療戦略になると考えられますが,今のところCaMKIIαの阻害剤で臨床応用されている薬剤はないため,認知症の治療薬として用いられるメマンチンを使って上流のCa2+を阻害することでP212L変異体の異常活性化を抑えられることを示し,新たな治療コンセプトを提示しました。

今回の成果に基づいて,今後,CaMKIIαの異常な活性化亢進を抑えることで知的障害を治療できるかを明らかにすることが重要な課題であり,疾患モデル動物などを作成することで,CaMKIIαの異常な活性化亢進によってどのように知的障害が引き起こされているのか,その発症のメカニズムの解明につながると考えられます。また,CaMKIIαは知的障害に加えて発達障害や統合失調症の患者からも様々な変異が見つかっているので,今回新しく開発した計測システムによって新たな発症機構の解明や治療コンセプトの提示につながると考えられます。


知的障害は,自閉スペクトラム症(自閉症)に比べると研究が盛んではない印象を受けますが,こうして仕組みが解明されていくことで治療への期待も高まりますね。

記事にはしていなかったと思いますが,シナプスと言えば慶應義塾大学の研究「CPTX」も大変興味深かったです。神経細胞同士のつなぎ目である「シナプス」で実際に神経細胞と神経細胞とを結び付ける物質「シナプスオーガナイザー」を世界で初めて人工的に作り出すことに成功したというものですね。人類がシナプスを掌握できれば,自閉症・知的障害・アルツハイマー病・統合失調症など多くの病気を解決できるのではないかと思います。

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